東京マラソン完走記(3)最終話

東京マラソン完走記最終となります。

前日と当日の電解質ローディングが効いたのか攣り始めるということはありませんでしたが、左足のふくらはぎに張りを感じてきたので、念の為にコムレケアを一袋飲みました。

30キロのほんの手前にとうとう3時間20分のペースセッターに抜かれます。

「おい!とうとう追いつかれたか?」そんな心境でした。くっそ~

ただその後ろはそんなに混んでなく30キロを過ぎたのだから今から頑張ろうと思えました。今までラップが落ちてきても無理やり上げなかったので、ここからはいけるだけ行く!兎に角ペースセッターが見える範囲でゴールをしたい。

ふとその時IPS細胞の山中教授のベストタイムのことを思い出しました。山中教授と私は同じ年齢。教授には勝ちたい。確か先日のレースで3時間23分台を出したのがベストだったとか。と思っていたのですがブログを書きながら調べると「3時間20分32秒」でした。もう負けているじゃないか?

ただその時点では3時間20分のペースセッターについていけば山中教授のタイムを上回れるはずと思っていました。

多分銀座のコーナーだったと思いますが、ペースセッターがコーナーを曲がってから私がそのコーナーにたどり着くまでのタイムを計測します。30秒くらいだったはず。まだいけるついていく。

繰り返しますが、ここまで遅くなっても我慢してきたのはここから頑張る為!

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よく言いますよね30キロからがマラソン、レースだと。

しかし今年はその練習をしていない。マックスの距離が28キロ、しかも体育館をぐるぐる走っただけ。今シーズンはまさにここから未知の世界。

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まだ頑張れるはず。最後の長い折り返しに入ります。38キロからはラップが5分をまたぐようになってきてここまで落ちたか?でもまだ諦めない3時間20分のペースセッターはまだ見えている。

天気もいいいので東京タワーと増上寺が綺麗にそこだけ浮かんでいるかのように見えました。

ここでは全く日陰は無かったのですが暑くも感じませんでした。暑さを感ずる余裕も無かったのかも?

でももうあと数キロ。ここまで頑張ってきて、諦めるとか投げ出すなんてできない。計算もできないのでただただペースセッターを見つめるだけ。まだ見えてる。

あと2キロ。まだペースセッターの旗は見えているぞ。見えている見えている。まだいける。

ラスト1キロの石畳。ここまで帰ってきた。3回目の東京マラソンこの石畳が長い。どこで左に曲がるのだろう?あそこの信号か?と思いながら走ります。

数キロ前からは力もあまり入らないので兎に角頭を糸で引っ張られるような感じを意識し、腰を高くし脚の運びだけ気をつけて走ります。

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時計を見たけど24分を越えた感じでした。何とかゴール。

脚は攣ってない大丈夫。

海外のランナーがゴールしてからも多く、写真を撮ったりしていますが、そのまま進んでメダルをかけてもらいます。

「おめでとうございます」と言われた時によく頑張った!と自分を褒めて涙が出ました。

好きなことをやっていて、そしてボランティアをしてくれる全く知らない人が褒めてくれるのですよ。マラソンじゃないとこんなことないでしょ。

今年は荷物の受け渡しの誘導もスムーズでした。受取る時もボランティアの方に「おめでとうございます」と言われてまた涙。

いやあ頑張ったわ。当然自己ベストよりも遥かに遅いわけですが、本当に投げ出さずに頑張った。頑張った自分を褒めて泣けてきた。

このままだとまた足を引きずって帰ることになると思いましたので、そんなにまだ列になっていない接骨院の先生方がボランティアをやってくれているテントに向かいました。椅子が並んでいてそこに座ってどこが痛いかを書き、自分の番が来るまで待ちますが、座って待っている人もほぼ外国人。

マッサージをしてもらいアンケートを書き、帰路につこうとしますが、誰かに写真を撮ってもらいたい。

そんな時に「すみません、写真撮ってもらっていいですか?」と逆に言われてお互いに撮りあうことになりました。

撮ってももらった写真がこれ。

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そしてこのままの格好で東京駅に向かい山手線に乗って秋葉原まで。秋葉原からホテルまで帰る道。

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ここがコース。走っている時に朝ご飯を食べた「富士そば」が見えたので間違いなく秋葉原を封鎖していたようです。この大通りでしかもこんなに人が歩いているところをずっと止めていたのか?東京マラソン凄い。

金沢マラソンは商店街(当店も商売している)をできるだけ早く通過したくどんどんスタート時間が早くなり8時30分スタートですからね。大都会のこんな通りを長時間に渡って止めているのは本当に凄い。

頂いたポンチョ?着たまま秋葉原の駅からホテルに向かっていましたが、誰も話しかけている人はおらず。

やはり外国人が最初に声を掛けてくれました。「マラソンをフィニッシュしたのか?」と聞かれて一緒に写真を撮られました。アゼルバイジャンの人でした。背中に「"Azerbaijani athletes」と書かれたジャージを着ていましたが、どう見てもランナーの体型ではない。調べているとアゼルバイジャンは「レスリング、ボクシング、柔道、テコンドーなどの格闘技」が強いらしいです。確かに体型はそんな感じ。別の大会で来日してたのかも?

ホテルに帰ってシャワーじゃなくちゃんと風呂に入ってチームメンバーとの合流の為に連絡を取り合います。

今回はチームから7名(かなりの高確率)が出走、一人応援してくれてたメンバーも含めて打ち上げ参加者の予定は5名。

一人は膝の故障でファンランになったようですが、残りのメンバーはサブ3時間から3時間半の間にはゴールできているのでスムーズに待ち合わせができました。

15時半御徒町集合となりました。

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上野までポンチョ着てるメンバーもいましたが。

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そして二次会。

実は月曜日に仕事だったのですが、取引先の社長に「東京マラソン走りに来るんだって?前日飲みましょうよ」と言われ。流石に前日は飲めないので終わったその日にして頂きました。

18時待ち合わせで二次会は酎ハイ半分だけ飲んで待ち合わせ場所に。

オムライスでも十分だったのですが、頂いたのはフルコース。

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あまりにも疲れていたので、ステーキ食べている途中に意識無くしてました。本当に「Y社長」申し訳ありません(笑)

最後のオチがこれだとは・・・

実はもう一つオチがありまして。

翌日一緒に走った同級生と翌日の夕方帰りの新幹線に乗る前に東京駅で飲んだのです、まあビール二杯だけですが、そして二人で同じ新幹線に。車輛は同じでしたが席は違います。

金沢駅に着いたあとに送ってもらったのですが、その後LINEが「新幹線に傘忘れた、もはやボケ老人」まあ人のことは言えないので「歳なりやわ」と返信した翌日の朝。

「あれ?コート無い?マジ?あああ上の棚に入れてきた」

新幹線が金沢止まりだったら金沢に取りに行けるのですが。私のコートは敦賀まで。

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ボケ老人どころか?そろそろ施設入りですかね・・・JR使いましょう!笑

TANITAの体組織系で身体年齢測ると38歳なんですが、頭の方は年齢+5歳くらいでしょうか?

東京マラソン2025完走記


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